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2008.03.22

雑記。2008.3.22

一日中、スネアやベードラの音だけを聞いていた時があった。
今から、10年も前の話しだ。一度、とことんまで
自分の音楽を作ってみたいと考えた僕は、ずっと働いていた
職場を辞め、失業保険をもらいながら一日中家に閉じこもり
音楽を作っていた。目の前にあったのは「VS-1680」「QX-3」
「SP-808」「JUNO-106」「TR-909」「CASIO RZ-1」という
ほぼ人力を余儀なくされる楽器達だ。

音楽を作り続ける時間は、僕にありえないほどの
不規則な生活をもたらし、ヘッドフォンでモニタリングし続ける
耳は常に悲鳴をあげていた。

僕が、番組を作る際に極力ヘッドフォンでモニタリングしないのは
この時からの名残である。いやいや間違えた、「トラウマ。」だ。

「ド、ドドン。」昼間から音の出せる限界の夜23時近くまで
つまみを触っているのか?いないのかくらいの作業は続く。

一曲ほぼ、4分程度のリズムパターンを全部、楽器一つ一つにばらした。
曲のパートごとにピッチ、ディケイ、サスティーンなどを
細かく微妙に変化させていた音だったが、聞いている人には
ほとんどわからない変化だったと思う。

それから、その他のドラムやそれに付随する
リズム楽器を1つ1つ設定して行く。今度は、それをベース、ギター、
キーボードなどのそれぞれに同じ方法論で作っていく。

8曲づつの2枚組、全16曲を作り終え、フルカラーのブックレットや
ジャケットを手作りし、CD-Rをダビングし、完成品が出来るまで
1年と7ヶ月程度の時間を費やした。


「もう、これ以上は何もできない。」


僕が一番、理解していた。音楽を辞めるには充分すぎる気持ちになった。
そして、たまにろくすっぽ売れずにCD棚に鎮座する自分の作品を
聞いてみるが、作り終えた後に、あれほど感じていた愛着などは
みじんも無くあるのは、ただただ「嫌悪感。」だけだった。

極限までやったからこそ、自分が売れたり、注目されることは
決してなかったコトなどが、今は客観的に理解できる。


それを判断しているのは、「今の僕。」なのだが。


でも、ヒトツだけよかったコトは、この時に気付いた事柄は
今現在の僕に十二分に生きている。

限られた時間の中でどんな事柄を重視し、「番組。」を作るべきか?
自分の作業をフォーマット化して、どれだけ多くのモノを出せるか?
「こだわる。」というコトが、生み出す「結果。」とは何か?

僕は、音楽を作っている時より、ずっと社会とつながっている気分だし
「新しいモノ。」を作りたいという気持ちに満ちている。

僕の姿勢や耳は、平均点を下げた実に頃合いのイイモノに
仕上がっている様な気がする。


何故、僕がガレージバンドを使い、Apple Loopを普通に
使えているのか?それが、きっと行き着いた「答え。」かもしれない。

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